「肉体的、精神的萎縮、早死、過度労働の拷問にかんする苦情に答えて資本は言う――われらが楽しみ(利潤) を増すがゆえに、われら、かの艱苦(かんく)に悩むべきなのか? と」

 


国会を愚弄して強行採決を繰り返す安倍首相の姿に、『資本論』のこの一節が重なりました。
マルクスが指摘した資本の本能というべきものは、現代日本の首相に引き継がれているようです。
通常国会で安倍首相は、過労死で家族を亡くした方々が、“過労死を増やす法案(「働き方改革」法案)は撤回を”と何度面会を求めても耳を貸しませんでした。臨時国会では、技能実習生が3年間で69人死亡していることが分かったのに、答弁をはぐらかし笑みまで浮かべたのが安倍首相です。働き方と密接に関わる「死」が現実に存在し、それをさらに拡大することが懸念されているのに、これほど命を粗末に扱う政治ははじめてみました。
臨時国会では水道法改定も強行され民営化に扉があきました。カジノも解禁されています。賭博です。利潤のために水すらも犠牲とすることを可能とし、ギャンブルを「成長戦略」と言い放つアベノミクスは、人間らしさを完全に失いました。
外国人であれ日本人であれ、労働者は人間です。大企業の儲けのために、命を犠牲にしていい存在ではありません。政治とは、生命、自由、幸福追求の権利が最大限に尊重される社会をつくるためにあります。個人の尊重が最大の目的です。日本国憲法第13条にそう書いています。私自身の信条でもあります。
2018年は、日本の若者と外国人労働者を使い捨てにできる法律が強行採決された年になってしまいましたが、だからこそ2019年は、国籍問わず、人間として連帯し、新しい政治を切り開く――「万国の労働者よ、団結せよ」(『共産党宣言』)と呼びかけ、連帯と共同の力で、すべての個人が尊重される政治を青森でも日本でもつくる年にしたいと思います。